大学の大規模クラスでのPBL実践:設計、運営、評価の工夫
はじめに:大規模クラスにおけるPBL実践の意義と課題
高等教育において、PBL(Problem-Based Learning: 課題解決型学習)は学生の深い学びや汎用的能力の育成に有効な手法として広く認識されています。しかしながら、多くの大学では一度に多数の学生を対象としたクラスが存在し、少人数クラスを前提としたPBLの設計や運営は困難を伴う場合があります。
本記事では、大規模クラス(例えば、数百名規模の学部基幹科目など)でPBLを効果的に実践するための課題と、それに対する設計、運営、評価における具体的な工夫について解説します。大規模クラスでのPBLは、教員の負担増、学生一人ひとりへのサポートの限界、公正な評価の難しさといった課題を克服することで、より多くの学生にPBLの機会を提供し、その教育効果を拡大する可能性を秘めています。
大規模クラスPBLにおける主な課題
大規模クラスでPBLを導入・運営する際には、以下のような特有の課題が発生しやすくなります。
チーム編成と管理の複雑さ
数百名の学生を効果的な学習チームに編成し、その活動状況を把握・管理することは容易ではありません。不適切なチーム編成は、グループワークの機能不全や学生間の学習格差を招く可能性があります。
学生一人ひとりへのきめ細やかなサポートの限界
PBLでは、学生が自律的に課題に取り組む中で、教員やファシリテーターからの個別またはチームへのタイムリーなフィードバックやサポートが重要です。しかし、学生数が多いと、教員だけでは全てのチームや学生に対して十分な関わりを持つことが難しくなります。
評価の負担増と公正性の確保
PBLの学習成果は、最終的な成果物だけでなく、プロセスにおける学生の貢献度や学びの深さも評価対象となります。大規模クラスでは、これらの質的な評価を全学生に対して行い、かつ公正性と納得性を確保することが大きな負担となります。
アクティブな学習環境の維持
教室の物理的な制約や学生数の多さから、活発な議論や協働を促進する物理的・心理的な環境を維持することが難しい場合があります。
大規模クラス向けPBLの設計における工夫
これらの課題を踏まえ、大規模クラスでのPBLを成功させるためには、事前の設計段階での工夫が不可欠です。
課題設定の工夫
- 構造化された課題: 自由度が高すぎる課題は、学生の方向性を定めるのを難しくし、教員によるサポートなしでは進捗が滞る可能性があります。大規模クラスでは、ある程度ガイドラインや段階が明確化された、構造化された課題設定が有効な場合があります。
- モジュール化: 大規模な課題を、複数の小さなモジュールやフェーズに分割し、各モジュールで達成すべき目標や提出物を明確にすることで、学生は取り組みやすくなり、教員も進捗を把握しやすくなります。
- 複数テーマの提供: 学生の興味関心を惹きつけるために、いくつかの異なるPBLテーマを用意し、学生に選択させることも有効です。
チーム規模と編成
チームの規模は、密なコミュニケーションと全員の貢献を促せるように、5~7名程度が一般的です。編成にあたっては、学生の事前知識、スキル、学習スタイル、属性(学部、学年など)を考慮し、多様性のあるチームを意図的に構成することも検討されます。オンラインツールを活用したランダムまたは条件に基づいた自動編成も、大規模クラスでは効率的です。
非同期的な学習活動の組み込み
大規模クラスでは、全ての学習活動を対面・同期的に行うのは現実的ではありません。オンラインフォーラムでの議論、共同編集ドキュメントでの作業、録画された講義や解説の視聴など、学生が各自のペースや都合に合わせて取り組める非同期的な活動をカリキュラムに組み込むことで、学習の柔軟性を高め、対面時間をより集中的な協働や教員との質疑応答に充てることができます。
テクノロジーの活用戦略
LMS(Learning Management System)、オンライン共同編集ツール(Google Docs, Office 365など)、オンライン会議システム(Zoom, Microsoft Teamsなど)、プロジェクト管理ツール(Trello, Asanaなど)、ピア評価システムなどを積極的に活用することで、情報共有、チーム内・チーム間のコミュニケーション、進捗管理、成果物の提出・共有、評価といったプロセスを効率化・可視化できます。
効果的な運営方法
設計されたカリキュラムに基づき、大規模クラスPBLを円滑に運営するための工夫も重要です。
チームサポート体制の強化
教員一人あたりの学生数が多い大規模クラスでは、Teaching Assistant (TA) やStudent Assistant (SA) のサポートが不可欠です。TA/SAは、各チームの進捗確認、初期的な質問対応、チーム内の課題解決サポートなどを担います。TA/SA向けの適切な研修を行い、役割と責任を明確にすることが重要です。また、学生同士が互いに教え合い、学び合うピアサポートの仕組みを意図的に作り出すことも有効です。
進捗管理と早期介入
各チームの進捗状況を定期的に把握するための仕組み(オンラインでの週次報告、短い中間発表など)を設けます。進捗が遅れているチームや、チーム内で問題が発生しているチームを早期に発見し、TA/SAや教員が介入してサポートを提供します。LMSのログやオンラインツールの活用状況を分析することも有効な手段となり得ます。
フィードバックの効率化
全チームに詳細なフィードバックを提供することは困難なため、フィードバックの形式やタイミングを工夫します。例えば、よくある質問や課題に対する全体向けフィードバックを共有する、代表的な成果物に対してクラス全体で検討する機会を設ける、自動評価ツールを活用する、といった方法が考えられます。また、学生自身やピアからのフィードバックを促す仕組みも重要です。
クラス全体の情報共有
多人数であるがゆえに、クラス全体で情報が共有されているという感覚が薄れがちです。共通のQ&Aフォーラム、定期的な全体アナウンス、進捗発表会などを通じて、学生全体が必要な情報にアクセスでき、他のチームの活動からも学べるような仕組みを構築します。
評価の工夫
大規模クラスにおけるPBLの評価は、公正性と評価者の負担軽減の両立が求められます。
チーム評価と個人評価のバランス
PBLはチームでの活動ですが、個々の学生の学びや貢献度を適切に評価することも重要です。最終成果物に対するチーム評価に加え、個人が提出するリフレクションレポート、プロジェクト内での個人の役割と貢献度、ピア評価などを組み合わせることで、個人レベルでの学習成果を把握しようとします。
ピア評価の活用
学生がお互いの貢献度や成果物を評価するピア評価は、評価負担を分散し、学生に評価的な視点を養わせる効果も期待できます。ただし、ピア評価の結果をどのように最終評価に組み込むか(参考にするか、一定割合を占めるかなど)は慎重に検討し、学生にそのルールを明確に伝える必要があります。匿名性の確保や、評価基準の明確化も重要です。
テクノロジーを用いた評価支援
オンライン提出システム、ルーブリックに基づいた評価を支援するツール、ピア評価システムなどを活用することで、評価プロセスの効率化やデータの集計を支援できます。
評価負担軽減策
全ての提出物に対して教員が詳細なフィードバックを行うことが難しい場合、評価の重点を絞る、TA/SAが一次評価を行う、自動評価が可能な部分を導入する、といった方策を検討します。
成功のための組織的サポート
大規模クラスでのPBL実践を継続的かつ質の高いものとするためには、教員個人の努力だけでなく、大学全体の組織的なサポートが不可欠です。
- 教員研修: 大規模クラス向けPBLの設計、運営、ファシリテーション、評価に関する教員研修プログラムを提供し、実践に必要なスキルと知識を習得できるよう支援します。
- TA/SAの育成: PBLにおけるTA/SAの役割を明確にし、効果的なサポートを提供できるよう、研修プログラムやマニュアルを整備します。
- LMS等のインフラ整備: オンラインツールやシステムの導入・運用支援、技術サポート体制を強化し、教員や学生がツールを円滑に活用できる環境を整備します。
- 好事例の共有: 大規模クラスでのPBL実践における成功事例や工夫を学内全体で共有し、他の教員が参考にできるような仕組みを構築します。
まとめ
大規模クラスでのPBL実践は多くの課題を伴いますが、適切な設計、工夫された運営、評価方法、そして組織的なサポートによって十分に実現可能です。テクノロジーを効果的に活用し、TA/SAやピアサポートの仕組みを構築することで、教員の負担を軽減しつつ、多くの学生にPBLによる深い学びの機会を提供することができます。
大規模クラスでのPBL導入・推進は、大学の教育力を向上させ、学生の主体的な学びと実践力の育成に大きく貢献するものと考えられます。本記事で紹介した工夫が、皆様の実践の参考となれば幸いです。