PBL成功の鍵:教員のための効果的なファシリテーション技術と実践
はじめに:PBLにおける教員の役割変化とファシリテーションの重要性
高等教育においてPBL(課題解決型学習)を効果的に実施するためには、教員の役割が従来の知識伝達者から、学生の学びを支援するファシリテーターへと変化することが不可欠です。PBLでは、学生が主体的に課題に取り組み、解決策を創造していくプロセスを重視します。このプロセスにおいて、教員は単に情報を提供するだけでなく、学生の思考を促進し、チームワークを円滑に進め、学びの深化を支援するファシリテーション能力が求められます。
効果的なファシリテーションは、学生の主体性や批判的思考力、問題解決能力といった汎用スキル(トランスファラブルスキル)の育成を大きく左右します。本記事では、PBLを成功に導くための具体的なファシリテーション技術と、実践における留意点について解説します。
PBLにおけるファシリテーター(教員)の役割
PBLにおける教員の役割は多岐にわたりますが、主なものとして以下の点が挙げられます。
- 学習プロセスの促進: 学生が課題解決のステップを計画し、実行していく過程を支援します。
- 思考の深化支援: 学生の疑問を引き出し、批判的な視点や多角的な視点を持つよう促します。
- グループワークの円滑化: チーム内のコミュニケーションや協力関係を促進し、対立が生じた際には解決を支援します。
- 学びの振り返りの促進: 学生自身が学習内容やプロセスを振り返り、自己評価できるよう促します(リフレクション)。
- 知識・情報の適切な提供: 学生が必要とする知識や情報源へのアクセスを支援したり、適切なタイミングで補足情報を提供したりします。
これらの役割を果たすために、教員は様々なファシリテーション技術を駆使する必要があります。
効果的なファシリテーションのための具体的な技術
1. 問いかけの技術
学生の思考を刺激し、議論を深めるための問いかけはファシリテーションの核心です。
- オープンクエスチョン: 「なぜそう考えますか?」「他にどのような選択肢がありますか?」など、学生が自由に考えを広げる問い。
- 促進的問い (Probing Questions): 「その根拠は何ですか?」「それは〇〇という状況でも当てはまりますか?」など、学生の思考を掘り下げたり、前提を検討させたりする問い。
- リフレクションを促す問い: 「この活動から何を学びましたか?」「次は何を改善しますか?」など、学生が自身の学習プロセスを振り返る問い。
- 対立解消・合意形成を促す問い: 「両者の意見の良い点は何だと思いますか?」「どのようにすればこの意見を統合できますか?」など、多様な意見を整理し、合意形成を目指す問い。
適切な問いかけは、学生に「正解」を与えるのではなく、自ら考え、解決策を見つけ出す力を養います。
2. 傾聴と共感
学生の話に真摯に耳を傾け、共感を示すことは、学生の安心感と信頼感を高め、主体的な発言を促します。
- アクティブリスニング: 相槌を打つ、頷く、相手の言葉を繰り返すなど、積極的に聞いている姿勢を示す。
- 非言語コミュニケーション: 目を見て話す、適切なジェスチャーを用いるなど、学生に寄り添う態度を示す。
- 意見の受容: どんな意見であっても、まずは否定せずに受け止め、「〜ということですね」のように確認する。
学生が安心して自分の考えや疑問を表現できる環境作りが重要です。
3. 構造化の技術
議論やアイデアを整理し、全体像を学生が把握できるよう支援する技術です。
- 板書・ホワイトボード・オンラインツールの活用: 学生の発言やアイデアを視覚的に整理し、共有する。キーワードを抜き出したり、関係性を図示したりする。
- 議論の要約と整理: 定期的に議論の内容を簡潔にまとめ、次のステップを明確にする。
- ファシリテーターノート: 議論の流れ、学生の気づき、重要な論点などを記録し、後の振り返りや評価に活用する。
構造化は、議論が拡散しすぎたり、特定の意見に偏ったりすることを防ぎ、効率的な課題解決プロセスを支援します。
4. グループダイナミクスの理解と介入
グループワークにおける学生同士の関係性や協力状況を観察し、必要に応じて介入します。
- 観察: 特定の学生だけが発言している、発言しない学生がいる、意見の対立が解消されない、などの状況を注意深く観察します。
- ポジティブな関係性の促進: 学生の良い点や貢献を具体的に褒め、互いに尊重し合う雰囲気を作る。
- 対立への介入: 対立が生じた場合は、双方の意見を丁寧に聞き、共通点や落としどころを探るプロセスを支援する。感情的になっている場合は、クールダウンを促す。
- 役割分担の支援: 必要に応じて、グループ内での役割分担や責任の所在を明確にするよう促す。
介入の際は、教員が一方的に指示するのではなく、学生自身が解決策を見つけられるよう支援する姿勢が重要です。
実践における留意点
1. 準備の重要性
効果的なファシリテーションは、事前の入念な準備に支えられています。
- 課題の深い理解: 教員自身がPBLの課題内容を深く理解しておく必要があります。
- 学習目標の明確化: 学生にこのPBLで何を学んでほしいのか、具体的な学習目標を明確に設定し、必要に応じて学生にも共有します。
- 想定される学生の反応・疑問: 学生がどのような壁にぶつかるか、どのような疑問を持つ可能性があるかを事前に想定しておきます。
- ファシリテーション計画: どのタイミングでどのような問いかけをするか、どのようなツールを活用するかなど、大まかな計画を立てておきます。
2. 介入のタイミングと程度
ファシリテーターは、学生の主体性を尊重しつつ、必要に応じて介入する必要があります。介入が早すぎたり多すぎたりすると学生の主体性を阻害し、遅すぎたり少なすぎたりすると学生が課題解決に行き詰まる可能性があります。
- 観察に基づく判断: 学生の様子を注意深く観察し、「いつ」「どの程度」介入すべきかを判断します。
- 「ティーチング」と「ファシリテーション」の使い分け: 必要な知識が明らかに不足している場合や、安全に関わる問題がある場合などは、一時的にティーチングに切り替えることも必要です。しかし、安易に答えや解決策を与えないように注意します。
- 介入の意図の伝達: なぜ介入するのか、学生に何を考えてほしいのか、その意図を伝えることで、学生の理解を促します。
3. 学生の主体性への信頼
ファシリテーションの根底には、学生が自ら学び、成長する力を持っているという信頼が必要です。教員が「教えすぎ」たり「手取り足取りやりすぎ」たりすると、学生の主体性や自己効力感を損なう可能性があります。学生が困難に直面している場合でも、すぐに答えを与えるのではなく、自分で解決策を見つけられるよう、辛抱強く支援することが求められます。
4. 自己評価と振り返り
教員自身も、自身のファシリテーションについて定期的に振り返ることが重要です。
- 記録の活用: ファシリテーターノートや授業中の観察記録を見返し、自身の介入が効果的だったか、改善点は何かを検討します。
- 学生からのフィードバック: 学生にファシリテーションに関する簡単なアンケートを実施したり、個別面談で意見を聞いたりするのも有効です。
- 同僚との意見交換: 他のPBL担当教員と情報交換し、互いの実践について話し合うことも学びになります。
大学として教員のファシリテーションスキル向上を支援する
PBLを組織的に推進するためには、個々の教員のスキルアップを大学全体で支援する体制が不可欠です。
- ファシリテーション研修の実施: 教員向けのPBLやファシリテーションに関する研修プログラムを提供します。基本的なスキルから応用的なケーススタディまで含めるとより実践的です。
- メンター制度や相談窓口の設置: 経験豊富なPBL担当教員がメンターとなったり、教育開発センターが相談窓口を設けたりすることで、教員が気軽に相談できる環境を整備します。
- 授業見学や相互フィードバックの推奨: 教員同士が互いのPBL授業を見学し、ファシリテーションについてフィードバックし合う機会を設けます。
- 情報共有プラットフォームの整備: 効果的な問いかけの例、グループワークのトラブルシューティング事例などを共有できるオンラインプラットフォームなどを提供します。
まとめ
高等教育におけるPBLの成功は、教員の効果的なファシリテーションにかかっています。ファシリテーションは単なる技術の集合体ではなく、学生の学びへの深い理解と、学生の主体性を尊重する姿勢に基づいています。本記事で紹介した問いかけの技術、傾聴と共感、構造化の技術、グループダイナミクスへの介入といった具体的なスキルは、日々の実践の中で磨かれていきます。
大学全体として教員のスキル向上を支援する体制を整えることは、PBLの質を高め、学生の学びを最大化するために極めて重要です。本記事が、PBL導入・推進に携わる大学職員や教員の皆様にとって、より良いPBL実践に向けた一助となれば幸いです。