PBLにおける効果的な課題設定:学習効果を高める設計手法
はじめに:PBLにおける課題設定の重要性
高等教育における課題解決型学習(PBL:Project-Based Learning)は、学生が主体的に問題を発見し、解決策を探求するプロセスを通じて深い学びを得る教育手法です。このPBLにおいて、学生の学習意欲を引き出し、所期の学習目標を達成するために最も重要な要素の一つが「課題設定」です。
効果的な課題は、単に情報を検索したり既存の知識を適用したりするだけでは解決できない、複雑で現実的な性質を持ちます。このような課題に取り組むことで、学生は批判的思考力、問題解決能力、協働スキル、自己調整学習能力といった汎用スキルを育成し、同時に専門分野における深い理解を築くことができます。
本稿では、高等教育のPBLにおいて、学生の学習効果を最大化するための効果的な課題設定の原則、具体的な設計ステップ、および実践上の留意点について専門的な視点から解説します。
効果的な課題設定の原則
PBLにおける課題は、学生が学習プロセス全体を通じて関与し続けるためのエンジンとなります。効果的な課題は、以下の原則に基づき設計されることが望ましいと考えられます。
- 現実性(Authenticity): 課題は、実社会や専門分野で実際に直面するような現実的、またはそれに近い状況や問題に基づいていることが重要です。これにより、学生は学びの意義を実感しやすくなります。
- 非構造性(Ill-structured): 明確な一つの正解や、事前に定められた手順だけでは解決できない、曖昧さや不確実性を含む課題である必要があります。学生自身が問題を定義し、情報収集・分析を行い、多様な視点から解決策を構築するプロセスが不可欠となるからです。
- 複雑性(Complexity): 複数の要因が絡み合い、単純な知識の応用だけでは対応できない複雑さを持つ課題が、より深い探究を促します。ただし、学生の知識レベルや経験に応じた適切な複雑さが必要です。
- 関連性(Relevance): 課題が、学生の既有知識、経験、あるいは将来的な関心と何らかの形で関連していると、学習への動機付けが高まります。また、設定された学習目標と明確に連動していることが不可欠です。
- 探究の余地: 学生が自ら問いを立て、情報を探索し、多様な解決策を検討する余地がある課題である必要があります。
効果的な課題設定の具体的なステップ
PBLにおける課題は、教員が一方的に与えるだけでなく、学生の関与を促しながら設定していく場合もあります。ここでは、教員主導での設計を想定した一般的なステップを示します。
- 学習目標の明確化: まず、そのPBL科目やプロジェクトを通じて学生にどのような知識、スキル、態度を習得させたいのか、具体的な学習目標(Learning Outcomes)を明確に定義します。課題設定は、これらの目標達成のための手段として位置づけられます。
- 課題テーマの選定: 定義された学習目標を踏まえ、現実世界や専門分野の中から学生の探究心を刺激し、関連する知識やスキルを応用できるような大まかなテーマを選定します。時事問題、地域課題、学術分野の未解決問題などが候補となります。
- 課題の具体化と問いの形成: 選定したテーマに基づき、学生が具体的なアクションを起こせるレベルまで課題を具体化します。この際、単なる記述的な説明ではなく、学生が解決すべき「問い(Driving Question)」として提示することが効果的です。「〜を分析しなさい」ではなく、「〜という状況下で、△△を達成するためにはどうすればよいか?」といった形式で、思考と行動を促す問いを設計します。問いは、非構造的で、複数の解釈やアプローチを許容するものであることが望ましいです。
- 必要なリソースと制約の設定: 課題に取り組む上で学生が利用できるリソース(情報源、専門家へのアクセス、機材など)と、考慮すべき制約条件(時間、予算、倫理規範など)を明確に設定します。これにより、学生は現実的な制約の中で思考し、計画を立てる練習ができます。
- 評価基準との整合性確認: 設定した課題が、学生の成果を評価するための基準(ルーブリックなど)と整合しているかを確認します。課題に取り組むプロセスや成果が、評価基準で示される能力や知識をどの程度獲得できたかを測れるようになっているかを見直します。
実践上の留意点と課題
PBLにおける課題設定は、理論通りに進まないことも多く、いくつかの実践上の課題が存在します。
- 難易度の調整: 学生の予備知識や経験レベルに対して、課題が難しすぎると挫折に繋がり、易しすぎると深い学びが得られません。複数の難易度レベルを用意したり、段階的に情報を開示したりするなどの工夫が必要です。
- 学生の興味との接続: 設定された課題が必ずしも学生の興味を引くとは限りません。学生の興味を事前にリサーチしたり、複数の選択肢から学生自身に選ばせたり、課題を学生との対話を通じて共同で練り上げたりするアプローチも有効です。
- 評価との連動: 課題そのものの質だけでなく、課題への取り組みプロセスや最終成果をどのように評価するかが重要です。課題設定段階で評価の観点を明確にしておくことで、学生は自身の学びの方向性を理解しやすくなります。
- 教員の専門性: 非構造的な課題を扱うPBLでは、教員は学生の多様なアプローチや予期しない問いに対応できる幅広い知識やファシリテーションスキルが求められます。教員同士の連携や専門分野外の教員との協働も有効な場合があります。
まとめ
高等教育におけるPBLの効果は、その導入以前の「課題設定」の質に大きく左右されると言っても過言ではありません。現実的で非構造的、かつ適切な複雑性を持つ課題は、学生の主体的な探究心を引き出し、深い学びと汎用スキルの育成を促進します。
効果的な課題設定のためには、学習目標を起点とし、テーマ選定から問いの形成、リソース・制約の設定、そして評価基準との整合性確認といった一連のプロセスを丁寧に進めることが重要です。実践においては、学生のレベルや興味に合わせた難易度調整、そして評価との明確な連動を意識する必要があります。
PBLを設計・実践される大学職員や教員の皆様にとって、本稿が効果的な課題設定に向けた一助となれば幸いです。