大学PBLにおける外部連携:社会との協働による実践と効果
はじめに:社会との協働が生み出すPBLの新たな価値
高等教育におけるPBL(課題解決型学習)は、学生の能動的な学びを促進し、多角的なスキル育成に効果的な教育手法として広く認識されています。その中でも、企業や地域社会、NPOなどの外部機関と連携して実施されるPBLは、現実社会の複雑な課題に触れる機会を提供し、学びをより深める可能性を秘めています。
本稿では、大学における外部連携PBLの実践に関心を持つ大学職員や教員の方々に向けて、その企画・設計から実施、効果測定に至るまでの具体的なポイントを解説します。社会との協働を通じたPBLが、学生、大学、そして連携先それぞれにもたらす価値を理解し、実践への一歩を踏み出すための情報を提供します。
大学PBLにおける外部連携の重要性
外部機関との連携によるPBLは、教室内の学習だけでは得られない多様な学びを可能にします。
学生への効果
- 実践的な課題解決能力の向上: 実際の企業や地域が抱える生きた課題に取り組むことで、理論知識を現実に応用する能力や、不確実な状況下で課題を見つけ、解決策を立案・実行する実践力が養われます。
- 社会との接続とキャリア意識の醸成: 社会人や地域住民との交流を通じて、社会の仕組みや多様な価値観に触れる機会を得られます。これは自身のキャリアに対する具体的なイメージを持つきっかけとなり、学習意欲の向上にもつながります。
- コミュニケーション能力と協働性の強化: 連携先との意見交換や、異なるバックグラウンドを持つチームメンバーとの協働を通じて、多様なステークホルダーと円滑にコミュニケーションを図り、合意形成を行う力が育まれます。
- 専門分野への深い理解と応用力: 自身の専門分野が現実社会でどのように活用されているかを体験的に学ぶことで、学習内容への理解が深まり、知識を応用する力が向上します。
大学への効果
- 教育プログラムの質の向上: 外部連携により、教育内容を社会のニーズに合わせてアップデートできます。これは大学の教育力強化に繋がります。
- 社会連携機能の強化: 地域社会や産業界との関係を構築・強化することで、共同研究やインターンシップなど、教育以外の多様な連携機会を生み出す可能性があります。
- 大学のプレゼンス向上: 地域課題の解決や産業振興への貢献を通じて、大学の社会的な役割や貢献を可視化し、評価を高めることができます。
- 学生募集力・就職力の強化: 社会との連携による実践的な学びは、入学希望者にとって魅力的な要素となり得ます。また、実践経験を持つ学生は、就職活動においても有利となる場合があります。
連携先への効果
- 新たな視点とアイデアの獲得: 学生の柔軟な発想や、アカデミックな視点からのアプローチは、連携先が自社・地域課題を解決する上での新たなヒントとなることがあります。
- 地域活性化や企業課題解決への貢献: 学生の活動が直接的に課題解決に繋がる可能性があり、リソースが限られる連携先にとって大きな助けとなることがあります。
- 人材育成への貢献と将来的なリクルート: 学生との交流を通じて、将来的な採用候補者との接点を持つ機会となります。
- 社会貢献活動としてのPR: 大学との連携は、CSR(企業の社会的責任)活動としても位置づけられ、組織のイメージ向上に繋がります。
外部連携PBLの企画・設計のポイント
外部連携PBLを成功させるためには、入念な企画・設計が不可欠です。
連携先の選定と関係構築
- 教育目標との整合性: 設定したいPBLの学習目標や内容に合致する課題やテーマを持つ連携先を選定します。学部や学科の専門性を活かせる連携先が理想的です。
- 連携の目的と期待値のすり合わせ: 大学側、連携先、学生それぞれの目的と期待値を明確に共有し、合意形成を図ります。無理な要求や期待値のズレは、後のトラブルの原因となります。
- 窓口担当者の設定: 大学側、連携先双方に明確な担当者(窓口)を定め、スムーズなコミュニケーション体制を構築します。
- 協定・契約の検討: 情報の取り扱い(秘密保持)、知的財産権、責任範囲などを明確にするため、必要に応じて大学として正式な協定や契約を締結することを検討します。
課題設定
- 現実性と具体性: 連携先が実際に抱える課題の中から、学生の知識・スキルレベルで取り組み可能な、現実的で具体的な課題を選定します。抽象的すぎる課題や、学生にとって全く関与できない課題は避けるべきです。
- 教育目標との関連性: 課題が、PBLで育成したい特定のスキルや知識の習得に繋がるものであるかを確認します。
- 期間とリソース: PBLの実施期間内で、学生が達成可能な範囲の課題設定を行います。連携先から提供される情報やリソース(場所、担当者の時間確保など)についても事前に確認します。
- オープンクエスチョン形式: 答えが一つに定まらない、探究の余地がある「オープンクエスチョン」形式の課題設定が、学生の主体的な学びを引き出します。
運営体制とサポート体制の構築
- 大学側の体制: PBLコーディネーター(職員)、担当教員(ファシリテーター、専門アドバイザー)、必要に応じて事務職員など、大学側の役割分担とサポート体制を明確にします。
- 連携先との連携体制: 定期的な進捗報告会、中間発表会などを設定し、連携先と学生、大学担当者とのコミュニケーション機会を設けます。連携先担当者の負担にも配慮し、報告形式や頻度を事前に取り決めます。
- 学生へのサポート: チームビルディング支援、課題遂行のための専門知識やスキルの補足、連携先とのコミュニケーションに関するアドバイスなど、学生が必要とする多様なサポートを提供できる体制を整えます。
実施段階におけるマネジメントとサポート
外部連携PBLの実施期間中は、計画通りに進んでいるかの確認と、学生・連携先双方への継続的なサポートが重要です。
- 学生チームへのファシリテーション: 学生チームの活動状況を観察し、課題解決のプロセスやチーム内の人間関係に課題がないか確認します。必要に応じて、ヒントを与えたり、議論を促したりするなど、学びを深めるためのファシリテーションを行います。ただし、答えを直接教えるのではなく、学生自身が解決策を見つけられるように導くことが重要です。
- 連携先との連携: 定期的な進捗報告に加え、予期せぬ問題や認識のずれが生じた際には、速やかに連携先とコミュニケーションを取り、解決策を協議します。連携先の担当者が多忙な場合も考慮し、効率的な情報共有を心がけます。
- リスク管理: 学生が連携先で活動する際の安全管理、機密情報の取り扱い、知的財産権の保護、ハラスメント防止など、予期せぬリスクに対する事前の対策と、問題発生時の対応プロトコルを定めておく必要があります。特に、学生が外部で活動する際の保険加入なども確認が必要です。
- 教職員間の連携: 担当教員だけでなく、PBL全体の運営に関わる職員や、専門分野の異なる教員間での情報共有と連携も重要です。学生からの多様な質問や課題に対応できるよう、大学内の知見を活用できる体制を構築します。
学習成果と教育効果の測定・評価
外部連携PBLでは、単なる成果物の完成度だけでなく、プロセスにおける学生の学びや成長を適切に評価することが求められます。また、プログラム全体の教育効果を測定し、今後の改善に繋げることも重要です。
学生の学習成果評価
- 多様な視点からの評価: 学生自身による自己評価、チームメンバー間の相互評価、担当教員による評価に加え、連携先からの評価やフィードバックを重要な要素として取り入れます。連携先からの評価は、社会で求められる実践的なスキルや姿勢を評価する上で貴重な情報となります。
- 評価ルブリックの活用: プロジェクトの成果物だけでなく、課題解決プロセスへの関与度、チームワーク、コミュニケーション能力、振り返りなど、育成したい具体的なスキルや態度を明確にした評価ルブリックを事前に提示し、学生にも共有します。
- ポートフォリオや成果発表会: プロジェクトの進捗、課題、学び、成果などを記録したポートフォリオの提出や、連携先や学内外の関係者を招いた成果発表会は、学生の学びを可視化し、評価を行う上でも有効な手段です。
- 振り返り(リフレクション)の促進: プロジェクト期間中および終了後に、学生が自身の学びを言語化し、客観的に捉えるための定期的な振り返り機会を設けます。これは評価だけでなく、学生のメタ認知能力を高める上でも重要です。
プログラム全体の教育効果測定
- 学生アンケート: プログラム実施前後の学生のスキル、知識、態度、満足度などの変化を把握するためのアンケートを実施します。
- 連携先からの評価: プログラムの運営体制、学生の取り組み、連携により得られた効果などについて、連携先からフィードバックを得るためのアンケートやヒアリングを実施します。
- IR(インスティテューショナル・リサーチ)データの活用: 参加学生のその後の学業成績、進路、就職状況など、可能な範囲でIRデータと連携させることで、外部連携PBLが学生の長期的なキャリア形成に与える影響を分析する視点を持つことができます。
- 成果報告会の実施: 外部連携PBLで得られた教育的成果や社会への貢献について、学内外の関係者に対して報告会を実施し、情報を共有します。これは評価結果の共有だけでなく、次年度以降の連携先の確保や学内理解の促進にも繋がります。
成功事例と導入・継続における課題
外部連携PBLは多くの可能性を秘めていますが、導入や継続にはいくつかの課題も存在します。
成功事例の類型
- 地域課題解決型: 特定の地域が抱える観光振興、高齢化対策、防災などの課題に対して、学生が自治体やNPOと連携して取り組む事例。
- 企業連携による商品・サービス開発型: 企業の新規事業立案、商品開発、マーケティング戦略などに、学生がインターンシップ形式で関わる事例。
- 課題提供型: 企業や自治体などが具体的なデータを大学に提供し、学生がそのデータ分析に基づいて提言を行う事例。
- 協働プロジェクト型: 大学の研究室や特定のゼミと、企業や研究機関が共同で長期的なプロジェクトを推進する事例。
導入・継続における課題
- 連携先確保と関係維持のコスト: 信頼できる連携先を見つけ、良好な関係を維持するためには、教職員の時間と労力がかかります。
- 教育目標と連携先ニーズの調整: 大学の教育目標と連携先が学生に期待する成果のバランスを取ることが難しい場合があります。
- 学生のレベルと連携先課題のミスマッチ: 学生のスキルや知識が連携先の求めるレベルに達しない場合や、課題が学生の能力を超えている場合に問題が生じます。
- 評価の難しさ: 現実社会の複雑な課題に対する取り組みを、従来の成績評価システムにどのように落とし込むかが課題となります。連携先からの評価を公正に扱う方法なども検討が必要です。
- 教職員の負担増: 外部連携PBLは、通常の授業運営に加えて、連携先との調整やリスク管理など、教職員の業務負担が増加する傾向があります。
これらの課題に対し、大学として組織的なサポート体制を構築すること(例:専任のPBLコーディネーター配置、契約締結支援、評価方法の共通化)、教職員向けの研修プログラムを提供するなどが有効な対策となります。
まとめ:社会との協働を通じたPBL推進に向けて
大学における外部連携PBLは、学生の実践力育成、大学の社会連携強化、そして連携先の課題解決に貢献する、非常に価値のある教育手法です。その企画・設計から実施、評価に至る過程では、連携先との丁寧なコミュニケーション、教育目標と現実課題のバランス調整、そして学生と教職員双方への適切なサポートが成功の鍵となります。
導入にはいくつかの課題も伴いますが、それを乗り越えることで、学生は社会との繋がりを肌で感じながら学びを深め、大学は社会の期待に応える教育機関としてのプレゼンスを高めることができます。本稿が、皆様の大学における外部連携PBL推進の一助となれば幸いです。