PBL導入・推進を支える教員研修とサポート体制の構築
PBL導入・推進における教員サポートの重要性
高等教育機関におけるPBL(課題解決型学習)の導入と定着は、学生の深い学びや自律的な学習能力の育成に大きく貢献する可能性を秘めています。しかし、PBL型授業は従来の講義形式とは異なり、教員には新たな役割とスキルが求められます。PBLを効果的に実践するためには、教員が直面するであろう様々な課題を克服し、自信を持って取り組めるような組織的なサポートが不可欠です。
大学全体でPBLを推進するためには、単にPBLの理念を共有するだけでなく、実際に授業を設計・実施・評価する教員が安心して挑戦できる環境を整備することが極めて重要になります。本稿では、PBL導入・推進を支えるための教員研修とサポート体制の構築に焦点を当て、大学として具体的に取り組むべき方策について詳述します。
PBL実践における教員の課題
PBLを実践する教員は、多岐にわたる課題に直面する可能性があります。これらの課題を理解することが、効果的なサポート体制構築の第一歩となります。
主な課題としては、以下のような点が挙げられます。
- 授業設計の難しさ: 学生の主体的な学習を促す適切な「課題」の設定、グループワークの設計、学習成果を最大化するための活動計画など、従来の授業設計とは異なるスキルが必要です。
- ファシリテーションの技術: 学生の議論を深め、学びを支援するためのファシリテーション能力が求められます。学生のグループ活動への介入、適切な問いかけ、多様な意見の引き出し方などは、経験が必要なスキルです。
- 評価方法の確立: プロセス評価、グループ評価、ルーブリックを用いた多面的な評価など、PBLの特性を踏まえた公正かつ効果的な評価方法を設計・実施することは容易ではありません。
- 学生の学習意欲の維持・支援: 全ての学生がPBLに意欲的に取り組むとは限りません。学習につまずいている学生や、グループ内で困難を抱える学生への個別的なサポートが必要です。
- 準備と実行にかかる時間・労力: PBLは、従来の講義に比べて教材準備、学生の活動モニタリング、個別フィードバックなどに多くの時間を要する傾向があります。
- 成功体験やノウハウの不足: 初めてPBLに取り組む教員は、どのように進めればよいか、どのような点に注意すべきかなどの具体的なノウハウが不足している場合があります。
大学として提供すべき教員サポートの種類
これらの課題に対応するため、大学は多様な側面から教員を支援する体制を構築する必要があります。
1. 教員研修(FD)プログラムの実施
PBL実践に必要な知識とスキルを体系的に習得するための研修プログラムは最も基本的かつ重要なサポートです。
- PBL基礎研修: PBLの哲学、歴史、基本的な設計要素、ファシリテーションの考え方などを学ぶ機会を提供します。
- 応用・実践研修: 実際にPBL授業を設計するワークショップ、具体的なファシリテーション技術の演習、評価方法の設計実践など、より具体的なスキル習得を目指します。
- テーマ別研修: ICTを活用したPBL、オンラインPBL、特定の学問分野に特化したPBLなど、ニーズに応じた専門的な研修を実施します。
- 経験者による事例共有会: PBL実践経験のある教員から成功事例や失敗談、そこから得られた知見を共有してもらう場を設けます。これは、新たな実践者にとって非常に参考になります。
2. 個別相談・メンタリング
研修だけでなく、個別の状況に応じたきめ細やかなサポートも有効です。
- 教育開発センター等専門部署による相談対応: PBL設計の相談、授業中の悩み、評価に関する疑問などについて、専門的な知識を持つ職員や教員が対応します。
- 経験豊富な教員によるメンタリング: PBL実践経験が豊富な教員が、メンターとして新規実践者をサポートする制度を設けることも有効です。
- 授業見学・フィードバック: メンターや教育開発センターの職員がPBL授業を視察し、建設的なフィードバックを提供します。
3. 情報・リソース提供
PBL実践に必要な情報やツールへのアクセスを容易にすることも重要です。
- PBL実践ガイドブック・教材テンプレートの作成・公開: 授業設計、課題設定、評価方法などに関する具体的な手引きや、そのまま利用・改変できるテンプレートを提供します。
- オンライン情報ポータル: PBL関連の研修情報、他大学事例、学内事例、関連研究、各種ツールへのリンクなどを集約したポータルサイトを構築します。
- 教材・備品等の提供: PBLに必要な特別な機材、場所、オンラインツールなどの情報提供やアクセス支援を行います。
4. コミュニティ形成とネットワーキング
教員同士が互いに学び合い、支え合えるコミュニティを育むことも、持続的なPBL推進には不可欠です。
- PBL実践者コミュニティ: 定期的な情報交換会、ワークショップ、研究会などを開催し、教員同士が自由に意見交換し、悩みを共有し、解決策を探る場を提供します。
- 学内外のネットワーキング: 他大学のPBL実践者や教育研究者との交流機会を設けます。
5. 制度的サポートとインセンティブ
PBL実践には時間と労力がかかるため、制度的な配慮やインセンティブも考慮すべきです。
- 授業負担への配慮: 初めてPBLを導入する教員に対して、一時的に他の授業負担を軽減するなどの配慮を行います。
- 研究・教育奨励金: PBLに関する研究や先進的なPBL実践に対して奨励金を設けます。
- 人事評価への反映: 教育改善、特にPBLのような能動的学修の推進に関する取り組みを、教員の人事評価において適切に評価します。
サポート体制構築のための具体的なステップ
効果的な教員サポート体制を構築するためには、計画的かつ組織的なアプローチが必要です。
- 教員のニーズ把握: PBL実践に関する教員の現状のスキルレベル、関心、抱える課題、必要とするサポートの種類について、アンケートやヒアリングを通じて詳細に把握します。
- 既存リソースの棚卸しと連携: 学内に存在する教育開発センター、ICT推進部門、図書館などの関連部署や、PBL実践経験のある教員などのリソースを把握し、連携体制を構築します。
- 目標設定と計画策定: どのような教員サポート体制を目指すのか、具体的な目標を設定し、研修プログラム、相談体制、情報提供などの計画を策定します。誰が、いつまでに、何を行うのかを明確にします。
- 組織内の役割分担と予算確保: サポート体制の運用における各部署(教育開発センター、学部、教務部など)の役割を明確にし、必要な予算を確保します。
- プログラム・サービスの実施と周知: 計画に基づき、研修プログラムの実施、相談窓口の開設、情報ポータルの構築などを行います。これらの取り組みについて、学内全体に効果的に周知します。
- 効果測定と継続的な改善: 提供したサポートが教員のPBL実践にどのように貢献しているか、定期的に効果を測定します(例:研修参加者の声、PBL実践教員の増加、授業改善の状況など)。得られたデータに基づき、サポート内容や方法を継続的に改善していきます。
まとめ
高等教育におけるPBLの成功は、何よりもそれを担う教員の力量と意欲にかかっています。大学がPBLを戦略的に推進するためには、教員が直面する多様な課題を理解し、研修、個別サポート、情報提供、コミュニティ形成、制度的支援といった多角的なサポート体制を組織的に構築・運用することが不可欠です。
こうした支援体制は、教員がPBLを効果的に実践するためのスキルと自信を育むだけでなく、PBL実践への心理的なハードルを下げ、より多くの教員が新しい教育手法に挑戦する意欲を持つことにつながります。結果として、大学全体の教育の質向上と、学生の育成目標達成に大きく貢献することになります。大学職員、特に教育開発センターの皆様は、PBL推進の鍵となる教員サポートの充実に、ぜひ積極的に取り組んでいただきたいと思います。