学生の学びを最大化するPBLでの振り返り(リフレクション)実践ガイド
PBLにおける振り返り(リフレクション)の重要性
PBL(課題解決型学習)は、現実の課題に取り組むことを通じて、学生が知識の獲得だけでなく、課題設定能力、情報収集・分析能力、問題解決能力、コミュニケーション能力、協働力といった汎用スキルを育成することを目指す教育手法です。このような深い学びを実現するためには、単に活動を行うだけでなく、その活動を通じて「何を学び、どう変化したか」を学生自身が意識的に捉え直すプロセスが不可欠となります。この自己省察のプロセスこそが「振り返り(リフレクション)」です。
PBLにおける振り返りは、活動の経験を内化し、概念的な理解へと昇華させるための重要な架け橋となります。活動中の成功や失敗、葛藤や気づきを言葉にし、構造化することで、学生は自身の学習プロセスを客観的に把握し、そこから新たな学びや改善点を見出すことができます。これは、将来にわたって自律的に学習し続けるためのメタ認知能力の育成にも繋がります。
多くのPBL実践において、課題の提示、解決活動、成果発表に焦点が当てられがちですが、振り返りのプロセスを意図的に設計し、学生を支援することこそが、PBLの教育効果を最大化するための鍵となります。
振り返りがPBL学習にもたらす効果
効果的な振り返り活動は、学生の学習に多岐にわたるポジティブな効果をもたらします。
認知的効果
- 知識・スキルの定着と構造化: 活動で得た断片的な情報や経験を整理し、既存の知識と結びつけることで、理解を深め、知識をより強固に定着させることができます。
- 学習プロセスの理解: 課題解決に至るまでの思考プロセス、情報収集・分析の方法、チームでの意思決定プロセスなどを言語化することで、自身の学習スタイルや得意・不得意を認識し、今後の学習に活かすことができます。
情意的効果
- 学習への動機づけ向上: 自身の成長や学びを実感することで、達成感や自己肯定感が高まり、さらなる学習への意欲に繋がります。
- 困難への対処能力向上: 課題に直面した際の感情や思考を振り返ることで、冷静に状況を分析し、次に活かす方法を学ぶことができます。失敗からの学びをポジティブに捉える力を養います。
メタ認知的効果
- 自己調整学習能力の育成: 自身の理解度やスキルの習熟度を客観的に評価し、目標達成のために必要な行動を計画・実行・修正する能力(自己調整学習能力)が向上します。
- 課題解決能力の深化: 課題解決のアプローチや思考パターンを振り返ることで、より効果的な解決策を見出すための引き出しを増やし、応用力を高めることができます。
効果的な振り返り活動の設計 principles
振り返り活動をPBLに組み込む際は、以下の原則を踏まえることが重要です。
- 目的の明確化: なぜ振り返りを行うのか、何を学生に学んでほしいのか(知識、スキル、プロセス、感情など)を明確にし、学生にも伝達します。目的に応じて振り返りの方法や問いかけを変える必要があります。
- 適切なタイミングと頻度: プロジェクトの開始時、中間段階、終了時など、学習プロセスの中で適切なタイミングで定期的に実施します。特に中間段階での振り返りは、その後の活動の軌道修正や学びの深化に効果的です。
- 方法の多様性: 個人の内省だけでなく、グループでの共有、教員やTAとの対話など、様々な形式を取り入れることで、多角的な視点からの気づきを促します。書く、話す、図で表すなど、学生の特性に応じた方法を選択できるようにすることも有効です。
- 安全性と心理的安心感の確保: 学生が正直に自身の状況や感情、失敗について語れるような、安心できる場を設定します。教員は評価者としてだけでなく、学習支援者としての姿勢を示し、批判や否定を避け、傾聴と共感を心がけます。
- 振り返りのための「問い」の工夫: 学生の内省を深めるためには、具体的な経験に根ざした、示唆に富む問いかけが重要です。「何が起きたか」「どう感じたか」「それはなぜか」「これからどうするか」といった基本的な枠組みに加え、プロジェクトの内容や目的に応じた固有の問いを設定します。
- アウトプットとフィードバック: 振り返りの結果を何らかの形でアウトプットさせ(文章、図、発表など)、それに対して教員や他の学生からフィードバックを得る機会を設けることで、振り返りの質を高めます。
具体的な振り返り方法の例
PBLにおいて実践可能な振り返り方法には様々なものがあります。学生の学習段階やプロジェクトの内容、実施期間などに応じて適切な方法を選択・組み合わせて使用します。
- 学習ジャーナル/日誌: 学生が日々の活動や気づき、困難、考えたことなどを自由に記述する形式です。個人の内省を深めるのに適しています。定期的な提出を求め、教員がコメントを返すことで、学生の振り返りを促し、理解度や状況を把握することができます。
- ポートフォリオ: プロジェクトの成果物だけでなく、活動のプロセスを示す記録(議事録、ラフスケッチ、プロトタイプ、討議資料など)や、それらに対する自身の振り返りコメントをまとめて提示する形式です。自身の成長の軌跡を俯瞰的に捉えるのに役立ちます。
- KPT (Keep, Problem, Try): 主にプロジェクトや活動の区切りで行われる振り返りです。「良かった点(Keep)」「問題点(Problem)」「次に試したいこと(Try)」の3つの観点で整理します。シンプルで実践に繋がりやすい方法です。
- YWT (やったこと, わかったこと, 次やること): KPTと同様に活動の区切りで行います。「実際にやったこと(Y)」「そこからわかったこと、学んだこと(W)」「次にやること(T)」の3つの観点で整理します。KPTよりも「わかったこと」に焦点を当てやすく、学習内容の認識を深めるのに適しています。
- グループでの共有と対話: 少人数グループやクラス全体で、それぞれの振り返りを共有し、意見交換を行います。他者の視点や経験に触れることで、自身の振り返りを深化させたり、新たな気づきを得たりすることができます。ワールド・カフェやグラウンド・ルールを設定した上での話し合いなどが有効です。
- マインドマップ/概念図: 振り返りの内容を単語や短いフレーズで書き出し、関連性を線で結ぶなど、視覚的に整理する方法です。思考を発散・構造化するのに役立ちます。
- プレゼンテーション/報告: 振り返りの結果やそこから得られた学びを、他の学生や教員に対して発表する形式です。内容を整理し、他者に分かりやすく伝える過程で、自身の理解が深まります。
振り返りを促す教員の役割と支援
教員は、学生が効果的に振り返りを行えるよう、環境を整え、適切な支援を行うことが求められます。
- 振り返りの意義を伝える: なぜ振り返りが重要なのか、PBL学習においてどのような役割を果たすのかを学生に丁寧に説明します。
- 具体的な「問い」を提供する: 「この活動を通して、当初の目標に対してどのような進捗がありましたか?」「チームでの議論で、最も意見が分かれた点はどこですか?その時、あなたはどのように感じ、どのように考えましたか?」「この課題に取り組む中で、あなたが新しく学んだ知識やスキルは何ですか?それはどのように役立ちそうですか?」「次に同じような課題に取り組むなら、今回の経験を踏まえてどこを変えてみたいですか?」など、学生が自身の経験を深く掘り下げられるような、具体的で開かれた問いかけを行います。
- 安全で肯定的なフィードバック: 学生の振り返りに対して、一方的な評価ではなく、共感的で建設的なフィードバックを行います。学生の気づきや努力を認めつつ、さらに内省を深めるための問いを返すことが有効です。
- 時間と場を確保する: 忙しいPBL活動の中で、意図的に振り返りのための時間を確保し、学生が落ち着いて内省に取り組める物理的・時間的な余裕を設けます。
- 自身の振り返りの姿勢を示す: 教員自身も、授業設計や学生への関わり方について振り返りを行い、その姿勢を学生に示すことで、学生の模範となります。
振り返り活動の評価への位置づけ
振り返り活動自体をどのように評価に組み込むかは、PBLの目的や位置づけによって慎重に検討する必要があります。学習を促進する形成的な評価としての側面を重視し、振り返りの「質」や「量」そのものを厳格に評価するのではなく、振り返りを通じて学生が「どのように学びを深めたか」「自己認識をどのように高めたか」といった、学習プロセスへの寄与度を評価の要素に加えるという考え方があります。
例えば、振り返りジャーナルやポートフォリオを成績評価の対象とする場合でも、記述の巧拙ではなく、そこに示される内省の深さ、学習プロセスへの向き合い方、次への活かそうとする姿勢などを評価の観点とすることが考えられます。
まとめ
PBLにおいて、振り返り(リフレクション)は単なる活動の記録ではなく、経験を価値ある学びへと転換させるための不可欠なプロセスです。意図的な振り返り活動の設計と、それらを促す教員の適切な支援は、学生の認知的、情意的、メタ認知的な成長を促し、PBLの教育効果を飛躍的に高めます。
大学職員の皆様におかれましては、PBLプログラムを企画・運営される際に、学習サイクルの中に振り返りの時間を明確に位置づけ、教員向け研修等で振り返りの重要性や具体的な支援方法に関する情報提供を充実させるなど、学生そして教員が振り返りに価値を見出し、実践できるような組織的なサポート体制を検討していただければと存じます。教員の皆様におかれましても、本記事でご紹介した原則や方法を参考に、日々のPBL実践の中で学生の振り返りを促し、彼らの学びがより豊かなものとなるよう働きかけていただくことを期待いたします。