大学PBLにおける教員間の知見共有:実践を促進し質を高める方法
なぜ大学PBLにおける教員間の知見共有が重要なのか
高等教育においてPBL(課題解決型学習)の導入が進む中、その効果を最大化するためには、教員一人ひとりの実践能力向上と、組織全体としてのPBL教育の質保証が不可欠です。PBLは従来の講義型授業とは異なり、課題設定、ファシリテーション、評価など、教員に新たなスキルやノウハウを求めます。個々の教員が試行錯誤するだけでは、負担が増大し、PBLの普及・定着が進みにくい場合があります。
そこで重要となるのが、教員間でのPBLに関する知見共有です。経験豊富な教員の実践知や、試行錯誤の過程で得られた学びを共有することで、他の教員はよりスムーズにPBLを導入・改善できます。これにより、教員の負担軽減、PBL実践者の増加、そして大学全体のPBL教育の質の底上げが期待できます。
PBL知見共有の現状と課題
多くの大学では、個々の教員がPBLの実践に取り組んでいますが、その経験やノウハウが組織内で十分に共有されていないという課題が見られます。その要因としては、以下のような点が挙げられます。
- 時間的制約: 授業準備や研究活動に追われ、PBLに関する情報共有や研修に時間を割きにくい。
- 情報共有の仕組み不足: 組織的な情報共有の場やツールが十分に整備されていない。
- 評価制度との関連: PBL実践や知見共有が、教員の業績評価に適切に反映されにくい。
- 心理的なハードル: 自身の試行錯誤や失敗経験を他者と共有することへの抵抗感。
- 専門分野の壁: 異なる学部や専門分野の教員同士が交流する機会が少ない。
これらの課題を克服し、効果的な知見共有を推進するための具体的な方法を次に示します。
効果的なPBL知見共有のための実践方法
PBLに関する教員間の知見共有を促進するためには、多角的なアプローチが必要です。以下に具体的な方法をいくつかご紹介します。
1. 定期的なPBL実践事例共有会の開催
PBLを実践した教員が、自身の授業設計、実施プロセス、学生の反応、成果、課題、改善点などを発表・共有する機会を設けます。
- 形式: 全体向けの大規模な会、特定の学部・学科内での小規模な会、テーマ別の分科会など。
- 内容:
- 授業計画、課題設定の意図
- ファシリテーションの工夫
- 学生のグループワークの様子、介入方法
- 評価方法とその課題
- 困難だった点とそれを乗り越えるための工夫
- 学生の具体的な成果物やそこから見える学び
- 効果: 具体的な実践イメージの共有、質疑応答による疑問解消、他の教員への刺激と学びの機会提供。
2. 教員向けワークショップ・研修会の実施
PBLの基本的な考え方だけでなく、特定のテーマ(例: 適切な課題設定の方法、効果的なフィードバックの与え方、オンラインPBLでの工夫など)に焦点を当てた実践的なワークショップや研修会を企画・実施します。経験豊富な教員が講師を務めたり、参加者同士が互いの実践について話し合う時間を設けたりすることも有効です。
3. 知見を蓄積・共有するプラットフォームの構築
PBLに関する情報やノウハウを集約し、教員がいつでもアクセスできる仕組みを作ります。
- 具体例:
- 共有フォルダ/ウェブサイト: PBL関連の資料(シラバス、課題例、ルブリック、学生成果物例など)、研修資料、参考文献リストなどを集約。
- 教員コミュニティ(オンライン/オフライン): PBL実践に関する疑問を投げかけたり、互いに相談したりできる場。
- PBL実践データベース: 各教員が実践したPBL科目の概要、担当教員、使用した教材などを登録・検索可能にする。
- 効果: 必要な情報へのアクセス向上、個別の問い合わせ対応の負担軽減、組織全体のナレッジマネジメント。
4. メンター制度やピアサポートの推進
PBL実践経験の長い教員が、これからPBLを始める教員や経験の浅い教員に対して、個別に相談に応じたり助言を行ったりするメンター制度を導入します。また、同じ時期にPBLに取り組む教員同士が互いにサポートし合うピアサポートの機会を設定するのも効果的です。
5. PBL実践報告書の奨励と活用
教員にPBL実践に関する簡単な報告書の作成を奨励し、それを学内で共有します。フォーマットを統一することで、比較検討や情報の抽出が容易になります。報告書は、前述のプラットフォームに掲載したり、教員人事評価の参考資料としたりすることで、作成のインセンティブを高めます。
知見共有を促進するための組織的サポート
上記の実践方法が定着し、効果を発揮するためには、大学としての組織的なサポートが不可欠です。
1. FD担当部署やPBL推進室の主導
教育開発センターなどのFD担当部署や、PBL推進を専門とする部署が中心となり、知見共有のための企画立案、実施、運営を担います。教員のニーズを把握し、それに合った研修や共有会を企画することが重要です。
2. 時間的・予算的リソースの確保
知見共有のための活動に参加したり、準備をしたりするための時間的余裕を教員に与えること、また、研修会開催やプラットフォーム構築に必要な予算を確保することが、活動継続のために不可欠です。
3. 学内の評価・承認文化の醸成
PBLの実践や、自身のノウハウを他者と共有する活動が、教員の業績として適切に評価・承認されるような文化を醸成します。これにより、教員のモチベーション向上に繋がります。
4. トップマネジメントの理解と支援
学長をはじめとする大学のトップがPBL教育の重要性を理解し、教員間の知見共有を含むその推進に対して積極的な姿勢を示すことが、組織全体の取り組みを後押しします。
知見共有の成果測定
知見共有の取り組みがどの程度効果を上げているかを測定することも重要です。以下のような指標が考えられます。
- 知見共有のための各種イベント(共有会、研修)への参加者数・参加率
- 情報共有プラットフォームへのアクセス数や登録情報数
- PBLを新たに導入した教員数や、PBL実践科目数の増減
- 教員を対象としたアンケートによる、PBL実践に関する自信や負担感の変化
- PBL授業に対する学生満足度や、学生の学習成果の変化(他の評価指標と組み合わせて)
これらの指標を定期的に測定し、知見共有の取り組み自体を継続的に改善していくことが望ましいでしょう。
まとめ
大学におけるPBL教育の質を高め、より多くの教員が自信を持ってPBLを実践できるようになるためには、教員間の積極的な知見共有が不可欠です。本記事でご紹介したような実践方法に加え、大学としての組織的なサポート体制を整備することで、教員の経験知を組織全体の資産として活用し、PBL教育の一層の推進に繋げることができます。これは、学生の学びを深め、大学教育全体の質向上に貢献する重要な取り組みと言えます。