大学におけるPBLの持続可能な運営体制:リソース確保と継続のための戦略
はじめに:PBLの持続可能な運営が求められる背景
高等教育機関において、PBL(課題解決型学習)は学生の主体的学びや汎用スキルの育成に有効な教育手法として広く認知され、導入が進んでいます。しかし、一度導入したPBLプログラムを単年度で終わらせず、組織として継続的に実施・発展させていくためには、適切な運営体制の構築とリソースの確保が不可欠です。多くの大学では、担当教員の熱意や一部の組織のリソースに依存している状況も見られ、持続可能性が課題となっています。
本稿では、大学におけるPBLプログラムを持続可能なものとするための運営体制、リソース確保、そして継続に向けた戦略について、実践的な視点から解説します。PBL推進に携わる大学職員や教員の皆様が、自大学での取り組みを再考し、より強固な基盤を築くための一助となれば幸いです。
持続可能なPBL運営を構成する要素
PBLプログラムを持続可能にするためには、単に授業を実施するだけでなく、様々な要素が複合的に機能する必要があります。主要な構成要素としては、以下の点が挙げられます。
- リソースの確保: 予算、人的資源(教員、職員、TA/SA)、施設・設備、外部とのネットワークなど。
- 組織的な支援体制: PBL推進を担う部署、教員・職員の役割分担、意思決定プロセス、学内の規程・制度。
- 教員へのサポート: FD(Faculty Development)によるスキル向上、情報共有の仕組み、負担軽減策。
- プログラムの質保証と改善: 定期的な評価、学習成果の測定、評価結果に基づくカリキュラム・運営方法の見直し。
- 学内文化の醸成: PBLへの理解促進、成功事例の共有、挑戦を奨励する雰囲気作り。
- 外部との連携強化: 地域社会、産業界、他大学との継続的な関係構築と協働。
これらの要素が相互に関連し、組織全体の取り組みとして推進されることで、PBLプログラムは単発のイベントではなく、大学の正規の教育活動として定着し、発展していくことが可能となります。
リソース確保のための戦略
持続可能なPBL運営において、リソース、特に予算と人的資源の確保は最も重要な課題の一つです。
予算確保の戦略
PBLは一般的な講義形式の授業と比較して、外部講師謝礼、教材費、フィールドワーク費用、機材費、成果発表会の開催費用など、多様な経費が発生する可能性があります。
- 恒常的な予算措置の要求: プロジェクト単位の一過性の予算ではなく、PBL科目の設置・運営に必要な経費を、学部や全学の教育予算に組み込むための働きかけが重要です。中期計画や年度計画において、PBL推進を大学の重点施策として位置づけ、必要な予算要求を行う体制を整えます。
- 外部資金の活用: 競争的資金(科研費、教育改革関連補助金など)や企業のCSR活動支援、財団助成金などを積極的に活用します。ただし、外部資金はプロジェクトの立ち上げや特定期間の活動には有効ですが、継続的な運営の柱とするには限界があるため、あくまで基盤となる恒常予算を補完するものとして位置づけるのが現実的です。
- 学内リソースの有効活用: 既存の施設(ワークショップスペース、情報機器)や学内の専門部署(広報、キャリアセンター、研究推進部門など)のリソース、および非常勤講師や大学院生(TA/SA)の活用を図ることで、費用対効果を高めることができます。
人的資源(教職員)の確保と育成
PBLは教員のファシリテーション能力やプロジェクトマネジメント能力、地域や企業との連携調整能力など、多様なスキルを要求します。また、円滑な運営には教務、学生支援、財務、広報など、様々な部署の職員の協力が不可欠です。
- 専任・兼任担当者の配置: PBL推進の中心となる専任の教育開発担当者や、各学部・学科でPBLを推進する兼任教員(コーディネーター)を配置します。彼らの職務内容を明確にし、適切な評価を行う制度設計も重要です。
- 教員へのFD機会の提供: PBLの設計、ファシリテーション、評価に関するFDプログラムを継続的に提供します。特に、実践経験の少ない教員が安心してPBLに取り組めるよう、段階的な研修やメンター制度の導入が有効です。
- 職員のSD機会の提供: PBL運営に関わる職員向けに、プロジェクトマネジメント、コミュニケーション、外部連携に関するSD(Staff Development)を実施します。PBLの教育的意義や運営上の留意点について、職員全体の理解を深めることも重要です。
- 学内連携の強化: 教務部門、学生支援部門、研究推進部門など、関連部署との定期的な情報交換会や合同研修を実施し、部署横断的な協力体制を構築します。
運営体制の構築と継続のための仕組み
PBLプログラムを組織的に継続していくためには、明確な役割分担と、定期的な見直しを行う仕組みが必要です。
推進組織と役割分担
教育開発センターや特定の委員会がPBL推進の中心となるケースが多いですが、重要なのは全学的な方針に基づき、各学部・学科と連携して推進する体制です。
- 全学的な推進体制: PBLを大学の教育目標達成のための重要な手段として位置づけ、学長や理事レベルのリーダーシップのもと、全学的な推進体制を構築します。推進委員会やワーキンググループを設置し、関連部署の代表者が参加することで、意思決定の迅速化と学内連携を促進します。
- 学部・学科レベルでの推進: 各学部・学科におけるPBL導入のニーズに応じ、カリキュラム委員会等と連携しながら、具体的な科目設置や運営を支援します。学部・学科内にPBL推進リーダーや担当者を置くことも有効です。
- 教職員の役割分担の明確化: 教員は授業設計、ファシリテーション、評価、学生指導などを担当し、職員は予算管理、外部との調整、施設手配、広報、履修登録管理など、運営上の実務を担うといったように、それぞれの専門性に応じた役割分担を明確にします。
プログラムの継続性を支える仕組み
導入したPBLプログラムが単年度で終わらず、継続的に実施・改善されるためには、以下の仕組みが有効です。
- 定期的なプログラム評価: プログラムの学習目標達成度、学生の満足度、教員の運営上の課題などを、学生アンケート、教員からのヒアリング、学習成果物の評価など、多角的な方法で定期的に評価します。
- 評価結果に基づく改善: 評価結果をPBL推進組織、担当教員、関連部署で共有し、カリキュラム内容、運営方法、サポート体制などの見直しに繋げます。FD/SDプログラムの内容にも評価結果を反映させます。
- 成果の発信と共有: PBLの教育効果や学生の成長、プロジェクトの成果を、学内外に積極的に発信します。学内向けには、教員向けの報告会やニュースレター、ウェブサイトなどを通じて、成功事例や運営ノウハウを共有し、他の教員のPBL導入を促進します。学外向けには、ウェブサイト、広報誌、学会発表などを通じて、大学の取り組みを広く知らせます。
- 知識・ノウハウの蓄積: PBLの実践に関する知識やノウハウ(効果的な課題設定方法、ファシリテーションのコツ、評価方法、連携企業のリストなど)を、組織内で共有・蓄積する仕組み(データベース、マニュアル作成など)を構築します。担当者が代わってもスムーズに運営が引き継げるようにすることが重要です。
学内文化の醸成と他大学事例からの学び
PBLを持続的に推進するためには、一部の熱心な教職員だけでなく、大学全体としてPBLの教育的価値を理解し、推進しようとする学内文化を醸成することが重要です。
- 学内理解の促進: PBLの教育効果に関するデータを収集・分析し、学内会議や教職員研修の機会を捉えて、客観的な根拠を示しながらPBLの重要性を説明します。理事会や学部長会議など、意思決定層の理解と支持を得ることが特に重要です。
- 成功事例の共有: 学内広報誌、ウェブサイト、教職員向けのイベントなどを通じて、PBLの成功事例や、それによって学生や教員にもたらされた肯定的な変化を積極的に発信します。
- 挑戦を奨励する雰囲気: 新しい教育手法であるPBLへの挑戦には、時間や労力がかかります。挑戦する教員を正当に評価し、失敗を恐れずに試行錯誤できるような組織文化を育むことが大切です。
- 他大学事例からの学び: 他大学のPBL推進担当者との情報交換会や合同研修に参加し、成功事例だけでなく、運営上の課題やその克服策について学びます。外部の専門家やコンサルタントの知見を参考にすることも有効です。
まとめ:持続可能なPBL運営に向けて
大学におけるPBLプログラムを持続可能なものとするためには、単に授業を実施するだけでなく、リソースの継続的な確保、組織的な支援体制の構築、教職員への適切なサポート、プログラムの質保証と改善、そして学内文化の醸成といった多角的な取り組みが必要です。これらは一朝一夕に実現するものではなく、大学全体として長期的な視点に立ち、着実に推進していく必要があります。
PBL推進に携わる皆様におかれましては、本稿で述べた要素を参考に、自大学の状況に合わせた最適な戦略を検討し、PBLを大学教育の柱として定着させ、学生の学びをより豊かに、そして社会に貢献できる人材育成に繋げていくための継続的な取り組みを進めていただければ幸いです。