大学PBLでの効果的なチームビルディングとグループワークの進め方
はじめに:PBLにおけるチームワークの重要性
高等教育における課題解決型学習(PBL:Project/Problem-Based Learning)は、学生が現実世界に近い課題に取り組み、知識の応用力、問題解決能力、批判的思考力などを育成する効果的な教育手法として広く認識されています。多くのPBLでは、学生はチームを組んで課題に取り組みます。このチームでの活動は、単に課題を分担して効率的に進めるためだけでなく、他者と協力し、多様な意見を調整し、共通の目標に向かって協働する力を育む上で極めて重要です。
しかし、学生にとって効果的なチームでの活動は容易ではありません。チーム内の意見対立、貢献度のばらつき、コミュニケーションの課題など、様々な困難に直面する可能性があります。これらの課題を乗り越え、PBLの学習効果を最大化するためには、単にチームを編成するだけでなく、意図的なチームビルディングの促進と、効果的なグループワークを支援する仕組みが必要です。本稿では、大学におけるPBLの実践において、学生のチームワークを育み、グループワークを円滑に進めるための具体的な方法論と支援策について詳述します。
1. チームビルディングの設計と初期支援
PBLにおけるチームワークの成否は、初期段階のチームビルディングに大きく左右されます。
1.1 チーム編成の考慮事項
チームを編成する際には、いくつかの要素を考慮する必要があります。 * 規模: 一般的には4~6名程度のチームが、多様性を保ちつつ、全員が積極的に関与しやすい規模とされています。 * 編成方法: 教員が指定する方法と、学生自身が選択する方法があります。PBLの目的や学生の経験度合いによって適切な方法を選択します。教員指定の場合、学力、スキル、興味関心、性別、国籍などの多様性を考慮して編成することで、様々な視点や強みを持つチームを意図的に作ることができます。 * 多様性: チーム内に多様なバックグラウンドやスキルを持つ学生がいることは、より多角的な視点から課題に取り組む上で有益ですが、同時に意見の対立やコミュニケーションの難しさにつながる可能性もあります。多様性を考慮した編成を行う場合は、そのメリットを学生に伝え、違いを尊重する姿勢を促す初期支援が不可欠です。
1.2 チーム形成初期の支援
チーム編成後、学生が円滑に協働を開始できるよう、以下の支援が有効です。 * アイスブレイク: メンバー同士が互いを知り、打ち解けるための簡単な活動時間を設けます。 * 目標と期待の共有: PBL全体の目標に加え、チームとして何を達成したいか、各メンバーがどのような貢献を期待されているか、あるいは互いにどのような協力を期待するかを話し合う機会を設けます。 * チームのルールや規範の設定: チーム内でコミュニケーションをどのように取るか、ミーティングの頻度や方法、遅刻や欠席時の対応、意見対立時の解決方法など、基本的なルールをチーム自身で話し合って設定させます。これにより、後のトラブルを防ぎ、チームとしての責任感を醸成します。 * 役割分担の検討: プロジェクトリーダー、書記、タイムキーパーなど、一時的あるいは固定的な役割について話し合うことを促します。全ての役割を最初から厳密に決める必要はありませんが、話し合いのプロセス自体がチームの主体性を育みます。
2. 効果的なグループワークを促すファシリテーション
PBL期間中、教員は単に専門知識を教えるだけでなく、学生のグループワークを円滑に進めるためのファシリテーターとしての役割を担います。
2.1 教員の役割変容:指示者から伴走者へ
PBLにおける教員は、正解を教えるのではなく、学生が自ら考え、解決策を見つけ出すプロセスを支援する伴走者となります。グループワークにおいては、チーム内の議論が停滞している場合に問いかけをしたり、特定のメンバーに発言を促したり、建設的な対立を支援したりといった介入を行います。
2.2 コミュニケーション促進と対立への対応
- 定期的なチェックイン: 各チームと定期的に短い面談(チェックイン)を行い、進捗だけでなく、チーム内の状況(困りごと、懸念など)を把握します。
- 傾聴と問いかけ: 学生の話を注意深く聞き、状況を整理したり、問題の本質に気づかせたりするような問いかけを行います。「〇〇さんは今どう感じていますか?」「この状況について、△△さんはどう思いますか?」など、特定のメンバーに発言を促すことも有効です。
- 建設的な対立の支援: 意見の対立は、多様な視点がある証拠であり、より良い解決策を生み出す可能性があります。対立を避けさせるのではなく、「どうすれば両方の意見の良い点を活かせるか」「その意見の根拠は何ですか」といった問いかけにより、感情的な対立を建設的な議論へと導く支援を行います。
2.3 進捗管理と自己・相互評価の導入
- 中間発表や報告: 定期的な中間発表や報告の機会を設けることで、チームは自分たちの進捗を客観的に評価し、軌道修正を行うことができます。
- 自己評価・相互評価: プロジェクトの途中や終了時に、学生自身がチームへの貢献度やチームワークについて自己評価・相互評価を行う機会を設けます。これにより、チームメンバーとしての自覚を高め、協働スキル向上のための気づきを得ることができます。評価は成績に直結させる場合と、振り返りのための機会とする場合がありますが、いずれにしても評価基準を明確に伝えることが重要です。
3. 学生のグループワーク能力向上支援
学生自身が効果的なグループワークを行うためのスキルを習得することも重要です。
- グループワークスキルの指導: 傾聴の仕方、効果的な質問の仕方、合意形成の方法、議論の構造化(議題設定、議事録作成など)といった基本的なグループワークスキルについて、必要に応じてミニレクチャーを行ったり、参考資料を提供したりします。
- リフレクションの促進: グループワークのプロセスについて定期的に振り返り(リフレクション)を行うことを促します。「チームとしてうまくいったことは何か」「課題は何か」「課題を克服するために次にどうするか」「自分自身の貢献や学びは何か」といった問いを立て、チームや個人での振り返りを促します。
4. 大学組織としてのチームワーク支援
PBLにおけるチームワークの質の向上は、個々の教員の努力だけでなく、大学組織全体のサポート体制が重要です。
- 教員へのトレーニング: 効果的なファシリテーション方法、チームビルディング支援、グループワークの評価方法などに関する教員研修を提供します。
- 学生向けワークショップ・リソース提供: グループワークスキルやコミュニケーションスキルに関する学生向けのワークショップや、オンライン上の自己学習リソースを提供します。教育開発センターなどがこれらのプログラムを企画・実施することが考えられます。
- 物理的・技術的環境の整備: チームで議論や作業を行うための多様な学習スペース(グループワーク室、オープンな協働スペースなど)や、オンラインでの共同作業を支援するツール(グループウェア、オンライン会議システム、共有ストレージなど)を提供します。
まとめ
PBLにおけるチームワークは、単に課題遂行の手段ではなく、学生が社会で求められる協働スキルやコミュニケーションスキルを習得するための重要な学習機会です。効果的なチームビルディングとグループワークの支援は、PBLの学習効果を最大化するために不可欠な要素と言えます。
本稿で述べたように、チーム編成の工夫、初期段階でのルール設定支援、ファシリテーターとしての教員の関与、学生へのスキル指導、そして大学組織としての環境整備やトレーニング提供など、多角的なアプローチが求められます。これらの実践を通じて、学生がチームでの活動からより多くの学びを得られるよう、継続的な支援と改善に取り組むことが重要です。高等教育機関においてPBLを推進される皆様にとって、本稿がチームワーク支援の一助となれば幸いです。